· 

マルチバースと宇宙人

マルチバースが正しいとするならばたくさんの宇宙があることになる。

それは、ぼくらがいる世界が他にもたくさんある、と思うかもしれないが、これまたそうでもない。

宇宙についても、そのエネルギー値や素粒子の種類によって、銀河や星が生まれる宇宙と、生まれない宇宙があって、ぼくらがいるのは「たまたま偶然、銀河や星が生まれる条件である宇宙」ということになるらしい。

 

地球外生命体は存在するのか否か、と同じような印象を受ける。

ハビタブルゾーンにある惑星には生命が存在する可能性がある。でも、今のところぼくらは地球外生命体を認識していない。単純にまだ出会っていないだけだともいえるけれど、なんだかそれは、この世界はマルチバースであることを理論的には言えるけれど、それを認識することができるかどうかわからない、ということに似ている。

 

ちょっと話がずれるが「現在、地球以外に生命が存在するのか」という問いはどんでもなく難しい。

「時差」が思い浮かぶ。

例えば、今、日本が678時だとすると、上海は677時で、ニューヨークは6618時(サマータイム中なら19時)だ。

もし、時差の概念を知らない人同士が日本とニューヨークで電話していたとして、日本人が「今は8時だ」と言ったら、ニューヨークの人は「何言ってる、今は18時だ」と言うだろうし、日付の認識も違う。

これは基準が違うからだ。確かに、時差の概念など人間が定めたものなので、世界どこでも日付や時間一定にしてしまえばこんな問題は起こらないし、地球上では時間の流れがどこでも同じなので、「今」は日本だろうがニューヨークだろうが同じではある。

 

ところが、映画インタ―ステラ―でもあったが、重力の異なる星で過ごすと、その星では一日しか経っていないのに、地球では何年も経っている、ということになる。

であるならば、仮に今現時点でどこから遠くの星に生命がいるとしても、地球上で一秒が立つ間にその生命は生まれて滅んでいたり、逆にどこか遠くの星で生命が誕生したとして、その生命体が高度な知性を獲得している間に人間という種が生まれて滅んでいる、という可能性も考えられなくもない。

 

 

こんなことを考えていると、銀河をまたにかけるSFは設定が大変だなあ、と思う。

 

参考:

日経サイエンス 201709

「提唱者野村泰起博士に聞く 今なぜマルチバースか」